大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和59年(ワ)12656号 判決

原告

浅倉誠治郎

ほか二名

被告

黒崎秀治

ほか二名

主文

一  被告黒崎秀治、同日本興運株式会社は、各自、原告浅倉誠治郎に対し一七三八万七八六四円、原告浅倉正幸に対し一六三八万七八六四円、及び右各金員に対する昭和五八年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  被告大正海上火災保険株式会社は、原告浅倉誠治郎の被告日本興運株式会社に対する本判決が確定したときは、同原告に対し一七三八万七八六四円及びこれに対する昭和五八年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告浅倉正幸の被告日本興運株式会社に対する本判決が確定したときは、同原告に対し一六三八万七八六四円及びこれに対する昭和五八年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

三  原告浅倉誠治郎、同浅倉正幸の被告らに対するその余の請求及び原告浅倉きくの被告黒崎秀治、同日本興運株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告浅倉誠治郎、同浅倉正幸に生じた費用を一〇分し、その三を右原告両名の、その余を被告らの各負担とし、原告浅倉きくに生じた費用を同原告の負担とし、被告黒崎秀治、同日本興運株式会社に生じた費用を一〇分し、その七を右被告両名の、その余を原告らの各負担とし、被告大正海上火災保険株式会社に生じた費用を一〇分し、その七を同被告の、その余を原告浅倉誠治郎、同浅倉正幸の各負担とする。

五  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告黒崎秀治(以下「被告黒崎」という。)、同日本興運株式会社(以下「被告日本興運」という。)は、各自、原告浅倉誠治郎(以下「原告誠治郎」という。)に対し二五〇〇万円、原告浅倉正幸(以下「原告正幸」という。)に対し二五〇〇万円、原告浅倉きく(以下「原告きく」という。)に対し三二〇万円、及び右各金員に対する昭和五八年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告大正海上火災保険株式会社(以下「被告大正海上」という。)は、原告誠治郎の被告日本興運に対する本判決が確定したときは、同原告に対し二五〇〇万円、原告正幸の被告日本興運に対する本判決が確定したときは、同原告に対し二五〇〇万円、及び右各金員に対する昭和五八年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年一月一七日午前七時一〇分ころ

(二) 場所 千葉県富津市萩生五五〇番地の三付近道路上

(三) 加害車両 普通貨物自動車(足立一一え三七二二)

右運転者 被告黒崎

(四) 事故態様 訴外亡浅倉友子(昭和二八年一二月一二日生まれ。以下「亡友子」という。)が道路左端の側溝を歩行中、被告黒崎運転の加害車両が亡友子の背後から衝突し、このため亡友子は、脳挫傷、脳幹挫傷の傷害を負い、同日死亡した。

(右事故を以下「本件事故」という。)

2  責任原因

(一) 被告黒崎は、前方不注視の過失により本件事故を発生させたものであるから、民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

(二) 被告日本興運は、加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していた者であり、且つ、被告黒崎の使用者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条及び民法第七一五条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

(三) 被告大正海上は、被告日本興運との間で、加害車両を被保険自動車とし、対人賠償保険金限度額を被害者一名につき五〇〇〇万円とし、本件事故当日を保険期間内とする自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結しており、その約款である自動車保険普通保険約款第一章第四条には、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定したときまたは裁判上の和解もしくは調停が成立したとき、損害賠償請求権者は、保険会社が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、保険会社に対して損害賠償額の支払を請求することができる旨定められているから、原告誠治郎、同正幸の被告日本興運に対する本判決の確定を条件として、右原告両名に対し、右対人賠償保険金限度額内において損害額の支払をなすべき義務がある(但し、遅延損害金については、右限度額を超える場合であつても支払をなすべきである。)。

3  原告らの身分関係及び相続関係

原告誠治郎は亡友子の夫であり、原告正幸は亡友子の長男であり、原告きくは原告誠治郎の実母で亡友子の義母にあたるものである。

原告誠治郎及び原告正幸は、亡友子の損害賠償請求権を法定相続分に従い各二分の一の割合で相続取得した。

4  損害

(一) 逸失利益 五七八二万七〇〇〇円

(1) 給与の逸失利益 五五八五万二〇〇〇円

亡友子は、本件事故当時、健康で、正看護婦の資格を有し、医療法人博道会館山病院(以下「館山病院」という。)に病棟担当看護婦として勤務していたものである。

亡友子は、昭和五六年八月一六日に長男である原告正幸を出産し、その前後の休暇や軽減勤務のため、事故直前における館山病院からの給与は、このような事情のない場合と比較して極めて低額であつたが、仮に、亡友子が昭和五七年に昭和五五年と同程度に稼働したとすれば、その給与は三〇二万六五八四円であつたものであり、本来得べかりし給与は、看護婦の平均的給与額を下回るものではない。

また、亡友子の給与は、過去三年間において、昭和五五年四月に六・八九パーセント、昭和五六年四月に五・〇六パーセント、昭和五七年四月に四・八二パーセントの各昇給があつたうえ、館山病院では看護婦の給与について経験年数により昇給する体系を採用しており、これに現に館山病院に勤務している各看護婦の給与と経験年数を対比すれば、亡友子の館山病院における給与は、将来にわたり少なくとも年七万円の昇給があつたことが確実である。そのうえ、館山病院における各看護婦の給与は、全国における看護婦の各年齢ごとの平均的給与額と同程度以上であつた。

さらに、館山病院においては、満六〇歳を定年と定めているが、本人が希望すれば嘱託として再雇用されることになつており、且つ、亡友子は、生涯看護婦として稼動する意思と能力を有していたから、稼働年齢の終期まで看護婦として稼働可能であつた。

したがつて、亡友子は、本件事故で死亡しなければ、満二九歳から満六七歳まで昭和五七年賃金センサス第三巻第三表、職種看護婦(女)、企業規模計の当該各年齢に対応する平均給与額を下らない金額の収入を得られたはずであり、右収入額は別紙1のとおりである。

そして、右収入額から単式ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、亡友子の得べかりし収入額の死亡時における現価は、別紙2のとおり合計七四四七万円(一〇〇〇円未満切捨)となる。

また、亡友子は、夫である原告誠治郎と共稼ぎをしていたものであつて、同原告と共同で生活費を負担していたから、就労者が一家に一人の場合に比較して、生活費の割合は低いのが当然であり、亡友子の収入から控除すべき生活費は二五パーセントが相当である。

よつて、右収入額の現価から生活費として二五パーセントを控除すると、次の計算式のとおり、亡友子の逸失利益は五五八五万二〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)となる。

7447万×(1-0.25)=5585万2500

(2) 退職金の逸失利益 一九七万五〇〇〇円

館山病院においては、満六〇歳の定年退職時に、退職時の本給に勤続年数を乗じた金額の退職金が支給されることになつている。

亡友子の死亡時の本給は、月額一一万九五〇〇円であつたが、亡友子の給与が将来にわたり少なくとも年七万円昇給することが確実であることは前記のとおりであるから、三八年間で二六六万円昇給することになり、前記の出産前後という特別の事情がなかつた場合における亡友子の昭和五七年の推定給与三〇二万六五八四円とこれに右昇給額二六六万円を加えた額を対比すると、その昇給額は一八七・八八パーセントである。

したがつて、亡友子の死亡時の本給も定年退職時には同率で昇給しているものと考えられるから、その定年退職時における本給は二二万四五一六円となるところ、前記の賃金センサスの満六〇歳の「きまつて支給する現金給与額のうち所定内給与額」は月額一九万三七〇〇円であるから、亡友子の定年退職時における本給は右月額一九万三七〇〇円を下ることはない。

そして、亡友子が満六〇歳の定年退職時まで館山病院に勤務すると、在職年数は三八年となるから、取得すべき退職金額から新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、次の計算式のとおり、その死亡時における現価は二五三万七九三四円となる。

19万3700×38×0.3448=253万7934

一方、原告誠治郎及び原告正幸は、館山病院から亡友子の死亡による退職金として合計五六万二八四〇円を受領したから、これを前記得べかりし退職金から控除すると、残額は一九七万五〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)となる。

(3) 以上の給与及び退職金の逸失利益の合計は五七八二万七〇〇〇円となるところ、原告誠治郎と原告正幸は、これを各二分の一の割合で相続取得したから、各自の取得分はそれぞれ二八九一万三〇〇〇円(いずれも一〇〇〇円未満切捨)となる。

(二) 慰藉料 合計二六〇〇万円

原告誠治郎は、昭和五五年一二月二七日に亡友子と結婚し、幸福な家庭生活を営んでいたところ、本件事故により、これを根本から破壊されたものである。

また、原告正幸は、生後一年数ケ月にして母を失つたものであり、生涯母について一片の記憶すら持つことができないものである。

さらに、原告きくは、亡友子の義母であり、館山で出産した亡友子の世話をし、亡友子の勤務再開後は、原告正幸の世話と家事につとめ、亡友子を我が子以上に遇して来たものであり、その死亡により原告きくが受けた精神的苦痛は実母のそれと変わるところがなく、本件事故後は、残る生涯のすべてを原告正幸の養育に捧げるものである。

以上のとおり、亡友子の死亡によつて原告らの被つた精神的苦痛は極めて大きく、原告ら固有の慰藉料としては、原告誠治郎一三〇〇万円、原告正幸一〇〇〇万円、原告きく三〇〇万円をいずれも下らない。

(三) 養育費 九四〇万六〇〇〇円

原告正幸は、主として亡友子と原告きくによつて養育されていたものであるが、亡友子の死亡により、亡友子が行つていた養育行為を原告きくほかの近親者に代替してもらわざるを得ない。

右代替される養育行為に対して支払われるべき対価は、一日当たり三〇〇〇円を下らず、原告正幸は、小学校卒業までの一一年間養育を必要とするから、この間の養育費につき、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、事故時における現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は九四〇万六〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)となるから、原告正幸は、同額の損害を被つた。

3000×365×8.5901=940万6159

(四) 葬儀関係費 一〇〇万円

原告誠治郎は、亡友子の通夜、葬儀、法要、仏具購入等に三〇〇万円を超える費用を支出したが、このうち一〇〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害である。

(五) 弁護士費用 合計五〇〇万円

原告らは、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人らに本訴の提起と追行を委任し、その費用及び報酬を支払う旨約したが、そのうち少なくとも原告誠治郎につき二四〇万円、原告正幸につき二四〇万円、原告きくにつき二〇万円は、本件事故と相当因果関係のある損害である。

(六) 損害のてん補 二〇〇〇万円

以上の原告らの損害額は、原告誠治郎四四三二万六〇〇〇円、原告正幸四九七三万二〇〇〇円、原告きく三二〇万円となるところ、原告誠治郎及び原告正幸は、本件事故による損害に対するてん補として、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から各一〇〇〇万円(合計二〇〇〇万円)の支払を受けたから、原告誠治郎の残損害額は三四三二万六〇〇〇円、原告正幸の残損害額は三九七三万二〇〇〇円となる。

5  よつて、原告らは、本件事故による損害賠償として、被告黒崎、同日本興運各自に対し、原告誠治郎において右損害の内金二五〇〇万円、原告正幸において右損害の内金二五〇〇万円、原告きくにおいて右損害金三二〇万円、及び右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五八年一月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告大正海上に対し、原告誠治郎において同原告の被告日本興運に対する本判決の確定を条件として右損害の内金二五〇〇万円、原告正幸において同原告の被告日本興運に対する本判決の確定を条件として右損害の内金二五〇〇万円、及び右各金員に対する右昭和五八年一月一八日から支払ずみまで右年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)の事実中、被告黒崎が民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任を負うことは認める。

同2の(二)の事実及び被告日本興運の責任は認める。

同2の(三)の事実中、被告大正海上が、被告日本興運との間で、加害車両を被保険自動車とし、対人賠償保険金限度額を被害者一名につき五〇〇〇万円とし、本件事故当日を保険期間内とする自動車保険契約を締結していること、その約款第一章第四条に原告ら主張のとおりの規定が存することは認めるが、被告大正海上の責任は否認する。なお、遅延損害金も対人賠償保険金限度額の範囲内においてのみ支払われるべきものである。

3  同3の事実はいずれも不知。

4  同4の(一)の事実はいずれも不知、主張の逸失利益の算定方法及び金額は争う。看護婦の仕事は激務であつて、長期間継続的に行うことは困難であり、まして育児等の片手間に行える仕事ではなく、原告ら主張のような高額の収入が継続し、あるいは昇給することを前提とする逸失利益を認めることは相当でない。

同4の(二)の事実は不知、主張の慰藉料額は争う。殊に、原告きくは、亡友子の父母、配偶者、子にあたらず、また、これらと同一の身分関係を有していたと同視し得る者にもあたらないから、固有の慰藉料請求権を認めることはできない。

同4の(三)の養育費の主張は争う。原告正幸の養育費の請求は扶養請求権の消滅による賠償請求権を行使しているものと解されるが、本来、相続制度の根拠は扶養の延長と考えられるから、逸失利益の相続による請求と、扶養請求権の消滅による養育費の請求は二者択一の関係にあり、原告正幸は、逸失利益の相続による請求をしている以上、扶養請求権の消滅による請求は認められない。

同4の(四)の事実は不知。

同4の(五)の事実は不知、弁護士費用の請求は争う。

同4の(六)の事実中、主張のとおりの損害のてん補がなされたことは認めるが、損害額の主張は争う。

5  同5の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  次に、責任について判断するに、被告黒崎が民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任を負うこと、及び被告日本興運が自賠法第三条の規定に基づき、損害賠償責任を負うことは、いずれも当事者間に争いがない。

また、被告大正海上が、被告日本興運との間で、加害車両を被保険自動車とし、対人賠償保険金限度額を被害者一名につき五〇〇〇万円とし、本件事故当日を保険期間内とする自動車保険契約を締結していること、その約款第一章第四条に、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定したときまたは裁判上の和解もしくは調停が成立したとき、損害賠償請求権者は、保険会社が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、保険会社に対して損害賠償額の支払を請求することができる旨定められていることは、当事者間に争いがないから、被告大正海上は、被告日本興運が原告誠治郎及び原告正幸に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被告日本興運と右原告両名との間の本判決が確定したときは、右原告両名に対し、右判決によつて確定した損害賠償額につき、対人賠償保険金限度額の範囲内において、支払をなすべき義務があることが明らかである。

三  続いて、原告らの身分関係及び相続関係について判断する。

原本の存在と成立に争いのない甲第九号証及び原告誠治郎本人の尋問の結果によれば、原告誠治郎は亡友子の夫であり、原告正幸は亡友子の長男であり、原告きくは原告誠治郎の実母で亡友子の義母にあたること、亡友子の相続人は原告誠治郎、同正幸のほかになく、右両名が亡友子の損害賠償請求権を法定相続分に従い各二分の一の割合で相続取得したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

四  進んで、損害について判断する。

1  逸失利益 三六五七万五七二八円

(一)  給与の逸失利益 三六一三万九五八八円

前掲甲第九号証、成立に争いのない甲第三号証、第一三号証の二、乙第四号証、原本の存在につき争いがなく証人小田喜壽一の証言により原本の成立を認める甲第二号証、証人小田喜壽一の証言により真正に成立したものと認める甲第一三号証の一、三、四、証人小田喜壽一の証言及び原告誠治郎本人の尋問の結果によれば、亡友子は、本件事故当時、健康で、正看護婦の資格を有し、館山病院に病棟担当看護婦として勤務していたこと、亡友子の本件事故の前年である昭和五七年の館山病院からの給与は二〇九万〇一一三円であつたが、亡友子は、昭和五六年八月一六日に長男である原告正幸を出産し、これに伴う休暇や軽減勤務のため、事故直前における館山病院からの給与は、このような事情のない場合と比較して低額であつたこと、亡友子の給与は、昭和五五年四月に六・八九パーセント、昭和五六年四月に五・〇六パーセント、昭和五七年四月に四・八二パーセントの各昇給があつたが、右各昇給についてはいわゆるベースアツプ分も考慮されていること、館山病院においては、具体的な給与体係や昇給規定はなく、看護婦の給与については、経験年数、本人の技能、一般的な給与水準、病院の経営状態等の諸事情を勘案して給与額、昇給等が決められているが、同病院における看護婦の給与は、平均的な病院における給与水準に比較して劣らないこと、同病院においては、満六〇歳を定年と定めているが、本人が希望すれば嘱託として再雇用されることになつていること、亡友子は、昭和五五年一二月二七日に原告誠治郎と結婚して、同原告とともに共稼ぎで生活し、原告きく及び原告誠治郎の叔母浅倉利子らと育児その他の家事を分担していたが、将来も看護婦として稼働する意思と能力を有していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によれば、亡友子は、本件事故で死亡しなければ、死亡時の満二九歳から満六七歳まで、館山病院で看護婦として稼働可能であつたものと認められ、また、その間の亡友子の看護婦としての収入及び育児その他の家事についての労働の財産的価値は、これを総合して賃金センサスの看護婦としての全年齢平均給与額を下るものではないと認めるのが相当であり、さらに、その収入から控除すべき生活費は三五パーセントが相当と認められるから、死亡後一年間は昭和五八年度の、以後六七歳までは昭和五九年度の各賃金センサス第三巻第三表、職種看護婦(女)、企業規模計の全年齢平均給与額を基礎とし、生活費として三五パーセントを控除したうえ、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡友子の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は三六一三万九五八八円(一円未満切捨)となる。

325万5800×0.65×0.9523+329万8600×0.65×15.9155=3613万9588

(二)  退職金の逸失利益 四三万六一四〇円

前掲甲第二号証及び証人小田喜壽一の証言によれば、館山病院においては、満六〇歳の定年退職時に本給月額に勤続年数を乗じた金額の退職金を支給する扱いであること、亡友子は昭和五三年三月一一日(満二四歳)から館山病院に勤務していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、前掲甲第二号証によれば、亡友子の死亡時の本給は、月額一一万九五〇〇円であつたことが認められるが、前示の昭和五九年度の賃金センサス第三巻第三表、職種看護婦(女)、企業規模計の全年齢平均給与額における「きまつて支給する現金給与額のうち所定内給与額」が月額一九万円であり、同賃金センサスの満六〇歳ないし満六四歳の平均給与額におけるそれが月額二一万二一〇〇円であることを考慮すると、亡友子の退職金算定にあたつて基礎とすべき本給額は、原告ら主張にかかる月額一九万三七〇〇円をもつて相当と認めることができる。

したがつて、右月額を基礎とし、これに満六〇歳までの勤続年数である三六年を乗じ、生活費として三五パーセントを控除したうえ、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡友子の退職金の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、九九万八九八〇円(一円未満切捨)となる。

19万3700×36×0.65×0.2204=99万8980

一方、原告誠治郎及び原告正幸が、館山病院から亡友子の死亡による退職金として合計五六万二八四〇円を各二分の一宛受領したことは、右原告らの自認するところであるから、これを控除すると、残額は四三万六一四〇円となる。

(三)  右(一)及び(二)の逸失利益の合計額は三六五七万五七二八円となり、原告誠治郎及び原告正幸は、これを各二分の一の割合で相続取得したから、各自の取得額は、それぞれ一八二八万七八六四円となる。

2  慰藉料 合計一四〇〇万円

原告誠治郎本人の尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第一〇号証及び原告誠治郎本人の尋問の結果によれば、亡友子の死亡により原告誠治郎ら遺族の被つた精神的苦痛は極めて大きいことが認められ、これに、前示の亡友子の年齢、職業、家庭の状況、原告正幸の年齢、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、亡友子の死亡による原告誠治郎、同正幸の固有の慰藉料としては、それぞれ七〇〇万円をもつて相当と認める。

なお、前示の原告きくと亡友子との身分関係、家庭の状況及び原告誠治郎本人尋問の結果によると、原告きくの被つた精神的苦痛も甚だ大きいものと認められるが、原告きくは、民法第七一一条所定の者にあたらず、また、本件全証拠によるも原告きくを同条所定の者と同視すべき生活関係を認めるに足りないところ、本件においては同条所定の者として原告誠治郎、同正幸に相応の慰藉料が認められていることを考慮すると、原告きくの固有の慰藉料の請求は理由がないものといわざるを得ない。

3  養育費

原告正幸が亡友子の養育を受けていたことは前示のとおりであるが、前示の亡友子の逸失利益は、亡友子の原告正幸に対する養育を含めた全労働の財産的価値を逸失利益として認定しているものであつて、亡友子の逸失利益中の原告正幸に対する養育ができなくなつたことによる部分と、原告正幸の亡友子による養育を受けられなくなつたことによる損害は、表裏一体のものというべきであるから、この両損害を同時に加害者に対して請求することはできないものといわざるを得ない。そして、原告正幸は、右逸失利益を相続分に従つて取得しているから、原告正幸の養育費の損害は右逸失利益の取得によつててん補されるものというべきである。したがつて、原告正幸の養育費の請求は理由がないものといわざるを得ない。

4  葬儀関係費 九〇万円

原告誠治郎本人の尋問の結果により原本の存在とその成立を認める甲第五号証の一ないし四二及び原告誠治郎本人の尋問の結果によれば、原告誠治郎は、亡友子の通夜、葬儀、法要、仏具購入等に三〇〇万円を超える費用を支出したことが認められるところ、前示の亡友子の年齢、職業、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のあるこれらの葬儀関係費としては九〇万円をもつて相当と認める。

5  損害のてん補 合計二〇〇〇万円

以上の原告誠治郎の損害額は二六一八万七八六四円、原告正幸の損害額は二五二八万七八六四円となるところ、原告誠治郎及び原告正幸が、本件事故による損害に対するてん補として、自賠責保険から各一〇〇〇万円(合計二〇〇〇万円)の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、原告誠治郎の残損害額は一六一八万七八六四円、原告正幸の残損害額は一五二八万七八六四円となる。

6  弁護士費用 合計二三〇万円

原告誠治郎本人の尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告誠治郎及び原告正幸は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人らに本訴の提起と追行を委任し、その着手金を支払つたほか、報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟の難易、審理経過、前示認容額、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告誠治郎分一二〇万円、原告正幸分一一〇万円をもつてそれぞれ相当と認める。

五  以上によれば、原告誠治郎及び原告正幸の被告らに対する本訴請求は、本件事故による損害賠償として、被告黒崎、同日本興運各自に対し、原告誠治郎において一七三八万七八六四円、原告正幸において一六三八万七八六四円、及び右各金員に対する本件事故発生の日ののちである昭和五八年一月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告大正海上に対し、原告誠治郎において同原告の被告日本興運に対する本判決の確定を条件として一七三八万七八六四円、原告正幸において同原告の被告日本興運に対する本判決の確定を条件として一六三八万七八六四円、及び右各金員に対する右昭和五八年一月一八日から支払ずみまで右年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、原告きくの被告黒崎、同日本興運に対する本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林和明)

別紙1 得べかりし所得計算書

被災労働者名(浅倉友子)

資料:労働省統計情報部「賃金センサス」賃金構造基本統計調査 昭和57年第3巻

第3表 職種及び年齢階級別きまつて支給する現金給与額、所定内給与及び年間賞与その他特別給与額

区分 看護婦(女)企業規模計

〈省略〉

別紙2 逸失利益現在価計算書

被災労働者名(浅倉友子)

計算方法:単式ホフマン係数による中間利息控除 利率年5%

計算式:(各年における得べかりし賃金)×(単式ホフマン係数)=(事故当時の現在価)

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例